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神智学 教えの紹介(3―2) 



心霊的な力と霊性 




『心霊的な力と霊性は同じなのでしょうか』


人間の霊的な旅路において、多くの力が心霊的な力の様々な面を含めて開発されてきます。超感覚的知覚としばしば呼ばれる心霊的な力は、霊性とその心霊的な力を比較することによって、とても良く理解することができます。


心霊的な力と霊性の間の違いは、私達が人間の構成を確かめていくとともにより明らかになってきます。

今日神智学として知られている教えは、私たちが霊、魂、体という3つの主要な分野で機能していることを提案しています。言いかえれば人間は、肉体、魂(知的精神・マインド)およびすべてに行き渡った霊的な髄質(エッセンス)を持っています。


さらにこの神智学という教えは、人間はこれら三つの性質の中に七重の性質を持っていると提案しています。人間の七重の性質とは、四つの低級な性質から構成される人格我と三つの高級な性質から成る高級個性です。私たちの肉体には、物理的な物質よりも濃密でないそのほかの六つの性質が浸透していると言われています。


この文書の中で示されている神智学の提案は、あなたの考察のために提示されたものです。


○人格我

人格我は、以下のものから成りたっています。

1、濃密な肉体

2、生命力と感覚が私たちに連絡するエーテル的な鞘(さや)

3、情緒の媒体と自らのまわりの世界に気づいている知的精神のその事実を分析する側面

肉体と生命のエーテルの媒体は、とても緊密に関連して機能します。しかし麻酔を投与された場合や熟睡している時には、肉体的感覚の機能は静まり、エーテルの媒体は肉体から僅かに分離します。




○魂 / 知的精神(マインド)

知的精神(マインド)は、二つの方法で機能します。

私たちが知的精神(マインド)をどのように使うか、つまり利己的に使うか非利己的に使うかということは、私達の霊性の発達に直接影響を与えます。人格我の二つの側面である感情と知的精神のものごとを判断する側面が、しばしばともに魂もしくは人間魂と呼ばれます。

しかしながら、知的精神(マインド)のより純粋で、向上心のある霊的な側面は、私達の高級個性の一部である霊的な魂として知られています。



○高級個性(インディヴィジュオリティ)

四つ組の人格我を越えたところに、私たちは三つ組の高級個性を持っていると言われています。

その高級個性は、以下のものから成り立っています。

.1、知的精神のより高い霊的側面、自然の主観的な側面、本当の知ることの座、

2、洞察、直観、慈悲と理解、これらのことは神智学の教えの中でブッディ(覚智)として知られています。

3、すべてにあまなく行き渡っいてる霊的原理で、すべての源泉である神智学の教えの中でアートマとして知られているもの。

したがって高級個性とは、私達自身の存在の中の永続的な霊的本質です。

霊的進化ののプロセスを通じて、魂/知的精神(マインド)は、人格我を通して自らを完全に表現することを学びます。不朽の教えは、高級個性が霊的に進化するためにそれぞれの人生ごとに提供された新しい人格我に、何回も生まれ変わると言われています。


霊的な天啓(インスピレーション)は、私達の高級個性を通じて流れています。このようにして、私たちは私たちの人生を変容することができる霊的な理想像(ビジョン)と啓明を獲得します。心霊的な力や超感覚的知覚は、主に感情と知的精神(マインド)の世俗的側面を通して経験されます。

人間の高級個性と人格我との間のこの相違を理解することは、霊性と心霊的な力の間の違いを理解することにおいて重要なことです。




○バランスのとれた霊的発達

神智学の教えは、人間の七つの面は相互に依存しており、これらの統合が私たちの霊的成長の本質的な部分であることを強調してします。私達はすべて本質的に、神、唯一の大生命、全存在の源泉として知られている至高の大霊と一つです。


霊的性質と肉体的・心霊的な性質のバランスのとれた発達が、上昇進化の発達に重要です。しかしながら霊的性質と肉体的・心霊的な性質の二つは、必ずしも一緒に機能するとは限りません。また一方の性質は他方と無関係に発達させることができます。


心霊的能力が精神的な成長と共に発達する場合、自然の法則が私たちの宇宙を導いている道における意識拡大のための価値のある道具となります。心霊的な力が不自然なものとしてでなく、私達の人格我の知覚の過程の正常な拡大として見られるべきであるということが重要なのです。


私達は真の霊的性質が無視された場合、心霊的機能の訓練はバランスを欠いた発達という結果になり、危険なものとなります。神智学協会は心霊的能力の訓練のための施設を提供することはしていません。また、心霊的能力を開発するような意図を持った試みを奨励しておりません。


現実に、私たちが慣れ親しんでいる肉体の五感以外の感覚の発達は、私たちの霊的進歩の会で自然に生じてくると言われているので、そのような心霊的能力の訓練は不必要です。

不可欠なのは、私たちの霊的な目覚めです。

この霊的な目覚めは、最高の倫理と道徳の標準に基づく必要があるのです。
心霊的な能力を霊的な洞察や理想像(ビジョン)と対比するために、心霊的知覚によって意味されたものをより詳細に調査することは有用かもしれません。



○超感覚的知覚

この用語が意味するように、超感覚的知覚(ESP)や心霊的な力は肉体的感覚の延長です。

その超感覚的知覚は精神分析よる心(マインド)を含んでいます。

しかしそのような心霊的知覚は、感情によってしばしば影響を受け色づけられてしまい、従って不正確なものとなることがあります。一般に、超感覚的知覚(ESP)は、透視力、透聴力、テレパシー、サイコキネシスおよびこれらと同様の現象を含んでいます。

超感覚的知覚や心霊的知覚は、そのような機能が目覚めるときに、貪欲、自己中心的、狭量さといった人格的特性をその人に与えるかもしれません。

霊的視覚(ビジョン)霊的洞察は、もしそれらが本当に霊的なものであれば、その人をより理解があり全生命に深い意識を持つ、よりいたわりの心と愛情の心ある、慈悲深い人へと変革し、その人の人間性を完全に変革することができます。




○透視力

透視力は最も一般的な心霊的能力の一つなので、心霊的な力と霊性の違いを考えるために透視力を超感覚的知覚の一つの例として考えていきましょう。透視力とは、文字通りには「明瞭に見る」ということを意味します。

しかしながら透視力のある人々が、自分達が見たことの性質を理解したり、自分達が見たことを自分の精神で判断したことが常に正確であるという結果には、必ずしもならないのです。

事実、同じ現象を観察する複数の透視家達が、お互いに意見が合わないとことが知られています。私達は毎日肉体的知覚のレベルで、どれほど間違いを起こしやすいことでしょう。法廷では自動車事故のような出来事に、異なった説明が必然的に与えられています。

こうしたことが物理的なレベルにおいて実際起こっているなら、こうしたことは、生命のより見えないレベルではもっと起こるでしょう。

生命のより見えないレベルでは、物質は急速に形、色、デザイン、形態、組織やその他の性質は急速に変化していると言われています。   



○透視家のタイプ

異なった透視家達が所有していてしばしば彼らの気質と心理学的性質によって影響を受ける透視力の質と型(タイプ)には、大きな多様性があります。一般に、二つの主要な型の透視家がいます。

一のタイプの透視家は、自らの心霊的能力を完全に制御することができず、また時々半トランス状態で透視力を働かせる受動的な透視家です。 別の主要なタイプの透視家は自らの心霊的能力を積極的に制御し、透視力を日々の生活と統合しています。


この心霊的能力の持ち主はより深く自己認識し、堅実な統御された精神を持っています。おそらく外側に向いた精神を静めるのに瞑想のような技術を使用したのでしょう。したがって、後者のタイプの透視家の心霊的知覚はより正確なものです。



○心霊的知覚の実用性

心霊的能力を目覚めさせた透視家や個人が特に十分にその能力が訓練されているならば、そのような心霊的能力を実用的に使用することができる様々な方法があります。例えば教育の分野で、訓練された敏感な知覚を持った人々がいたならば、子供に関する難しい問題の多くは、積極的かつ知的に回避されるかあるいは処理されるかもしれません。


もうひとつの心霊的能力を実用化するのは、医学の分野です。
医学の分野では、訓練された透視家は、医療従事者が患者の混乱の起源が心理学なものか生理学なものかどうか判断する際に役にたつかもしれません。



○霊的視覚(ビジョン)

霊的知覚と心霊的知覚の間には大きなの違いがあります。真の深い霊的な知覚は、すべてのレベルの生命について私たちが理解するのに計り知れないほど貴重な価値があります。


ところが、心霊的知覚はその知覚範囲においてはずっと制限されています。

私達はすべて、あえて二つ挙げるとすれば宗教と政治などがありますが、人生の多くの場面において出てくる困難と反対を知っています。

もし私達がとても発達した霊的知覚を持っていて自らの意識をほかの人々の意識と統合させることができ、真にほかの人達を理解することができたならば、私達は人類としての共通の場を発見することができるでしょう。霊的な洞察によって支持されない心霊的な力は、すべて思い違いを持った人格我に属しており、誤りを招きやすくなります。

私達は理解するために、この世に対する知覚を分離し分類します。

一方、霊的洞察力は、全生命の統一性の重要性に関する私達の意識を高め、私達の知的精神(マインド)を変容させ、全体性への深い感覚をもたらし、世界とそこに住むすべての生命形体への関心と責任をもたらします。

我々の時代において最も急いで必要とされることは、人間だけでなくすべての生命形態の中にある共通の霊的な本質を理解することです。

私達の起源がすべて1つの霊的な起源に由来することを認識する時、私達はすべての生命形体は純粋な大霊の顕現であることを理解します。今日、世界における最も大きな危険の一つは、私達が全生命形体の固有の尊厳と相互関係を見失ってしまうかもしれないということです。

私達が本質的に神聖であることを覚えておけば、私達は混乱の多い世界に平和と幸せをもたらすために、霊的視覚(ビジョン)に啓蒙された自らの内に目覚めた心霊的能力を使用することを学ぶことができます。

以下の書籍を注文するか借りることをお勧めします。


さらに学ぶための推奨本



『私達の心霊的感覚』フィービー、ローレンス・ベンディト共著 (未邦訳)


『転生する人間 』フィービー、ローレンス・ベンディト共著(未邦訳)


『心霊的現象の調査 精神と物質を越えて』スコット・ロゴ著 (未邦訳)


『チャクラと人間のエネルギー・フィールド』シャフイカ・カラグラ、ドーラ・ヴァン・ゲルダー・クンツ共著(未邦訳)


『人間のオーラ』ドーラ・ヴァン・ゲルダー・カンツ著(未邦訳)


『心霊的な力と無意識』チューダー・エドモンド編著(未邦訳)


『高所への呼命』ジェフリー・ハドソン著(未邦訳)


『透視の科学』ジェフリー・ハドソン著(未邦訳)