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神智学の原則






神智学協会第四代(1946ー53年)会長 ジナラジャダーサ 著



すべての人々は人生のある時期に、次のような疑問をもつことがよくあります。「私はどこから来たのだろう? そしてどこへ行くのだろう?」また、たいへん苦しいことがあると「人生は単なる偶然なのだろうか? 世界に正義はあるのだろうか? 神はあるのだろうか? 」と思います。


大宗教はすべてこのような質問に答えを用意していますし,近代科学も答えを与えます。しかしすべての人々がこのような答で完全な満足を得ているわけではありません。もしその答えが知性を満足させても心(ハート、情緒)が満足しないことは度々あります。ハートが満足してもマインド(精神、知的精神)が納得しないこともよくあります。


ですから宗教や哲学や科学が提供する解答があるにもかかわらず、もっと論理的で、もっと霊的な鼓舞を与えるような解答を求める男女がすべての国々にいます。神智学が特別なことづてをするのは、このような人々にたいしてです。


神智学は大変古い思想を集めた体系で,その思想の中の或るものは、インドや中国やエジプト、ギリシャ、パレスチナ、アラビアの宗教や哲学の中で発見されたものです。そのほかのものは過去および現在の科学者の発見から来ています。


神智学は啓示やドグマとしてあなた方に贈られるものではありません。信仰するためにあなた方に提供されたものでもありません。あなた方が吟味し、判断するためのものなのです。では、神智学の主な教義とはどのようなものでしょうか。


第一に、この宇宙というものは,自然の力が偶然に働いているような所ではないということです。時の始めから、出来事はすべて、宇宙に固有のある法則に従って起きました。このような法則は一大意識の表われであります。


存在するあらゆるものは、電子から最も大きな星に到るまで,大意織に満たされています。この基本的な実在は、私達の理解をはるかに越えておりますので、賢者や聖者達は様々な言葉でそれを呼んできました。多くの人々は”神”と言って来ましたが、ある者は大法則といい、天といい、造物主といい、進化と呼んで来ました。


各人は自分の性質や経験に従って、あらゆるものを支配するこの大意識をどう考えるのか決めなければなりません。私達はこれを”神”と呼びましょう。


次の大真理は、神の御性質が、すべての男女の中にあるということです。私達自身は死滅するからだではありません。からだはしばらくの間まとい、やがて脱ぎ捨てる衣服にしかすぎません。私達は不死の魂なのです。神の完全さが、私達の中にもあります。なぜなら、私達は神の中に”生き、動き、存在している”からです。しかし私達は、自分の神性については、それを目ざますまで、気づかずにいます。


私達が生まれてくるのは、自分の本当の性質を理解するためなのです。私達の誕生は、一つの仕事場へ這入る入口のようなものです。そこで私達は仕事をしながら、徐々に自分の能力を表わして行くのです。


しかし、私達の中にある神性を実現することは、一つの生涯だけの体験では出来るものではありません。ですから私達は何度も何度も生まれ変わりをするのです。私達は生命にあずかり、誕生し、成長し、行動し、仕事を終えて、戻って行くのです。私達が戻るということが死です。


この世で計画したけれども果せなかった喜びを、天国で実現することによって成長しながら、天国で休んだ後、もっと清くなり、もっと強くなり、もっと賢くなって、再び働くためにまた生まれ帰って来るのです。そして思想的にも、情緒的にも、行動的にももっと熟達するようになるのです。これが生まれ変わりです。


私達は生きて行動しますが、時には成功し、時には失敗します。私達は愛他主義や、利己主義に導びかれて、よいことをしたり、悪いことをしたりします。


悪いことをしますと、宇宙の調和を乱してしまいますので、その調和をとり戻さなければなりません。行った悪事は、新しく善行によって取り消さなければなりません。蒔いたり刈ったりするこの経過は、カルマ(因果応報の法則)といわれています。カルマはすべての人が自分の思想、言葉、行為を実施するのを再調整する法則です。


すべての魂(生まれ変わりする人間魂)は神なのですから、すべての魂は同等です。若い魂も年長な魂もありますが、みな、兄弟です。誕生、才能、環境、それから人種、信条、性別、階級、肌の色、又、善良さや好悪等、様々な相違があるにもかかわらずすべての人たちはわけることのできない同胞団をつくります。


高い人も低い人も、無知な人も、賢い人も、私達はみんな絆をつくっています。より強い人は、より弱い人を助けながら成長します。同胞団は万人の成長の法則です。


しかしこの同胞団は人間だけでなく万物に及びます。つまり動物にも、鳥にも魚にも、植物にも、山にも海にも及ぶのです。私達は万物との統一によって成長します。私達と同じように万物の中にも潜在している神的性質は、私達が生まれながらに持っている神性が、自然の美しさの中で進歩して行くのを助けます。


永遠の神秘が二つあります。神の神秘と人間の神秘です。慈愛、聖なること、真理、美しさ等、神について私達が要求するものは、みな人間の中にあります。宗教、哲学、科学、芸術、商業、工業、博愛主義等はすべて神の性質の中の美をあらわすために、神性の降下するチャンネル(通り道)です。そして私達人間の性質は、このようなチャンネル(通り道)と関連する徳性や才能を成長させながら、神へと上って行くのです。


神智とは、神の智慧のことです。神の智慧とは、神の御心のはたらきのあらわれ方のことです。私達が、神のプラン(ご計画)は進化である、ということを一たび理解しますと、あらゆる疑問は解決されます。この理解は、あらゆる魂(生まれ変わりする人間魂)が生まれながら持っている性質です。


自分は生きとし生けるものと兄弟なのだ、ということを知っただけ、この理解を自分のものとすることができるのです。なぜなら愛するということは、神智がはたらいていることです。


そして愛をもって働く人は,必ず智慧に到ることができるのです。